最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)165号 判決 1998年1月27日
当事者の表示
別紙当事者目録記録のとおり
右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行コ)第三九号行政処分取消等請求事件について、同裁判所が平成八年七月二八日に言い渡した判決に対し、上告人らから上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人大川隆司、同武下人志、同岡村共栄、同鈴木裕文の上告理由について
原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件国税処分及び本件更正処分がいずれも適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲という点を含め、独自の見解に立って原審における法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)
当事者目録
神奈川県座間市東原二―一六―八 メゾンケイユー七〇五
上告人 齋藤秩
同 緑ケ丘五―二―一八
上告人 星野延幸
同 相撲が丘三―三七―六
上告人 佐藤一
同 ひばりが丘五―八〇六―六〇
上告人 古賀輝夫
同 東原四―一一―一三
上告人 大塚辰美
同 ひばりが丘二―七八三―二四
上告人 近藤知昭
横浜市西区岡野一―一五―一六
上告人 秋山林一
神奈川県藤沢市片瀬三―二―七
上告人 甘糟信行
同 鎌倉市岩瀬一―二六―一〇 グランバトー二〇三号
上告人 斉藤悦子
横浜市神奈川区新子安一―四四―二
上告人 清水和助
同 保土ケ谷区霞台二一―一六
上告人 高根澤實
川崎市川崎区藤崎一―一一―一六
上告人 塚原信介
横浜市磯子区森五―一二―一七
上告人 土志田公佳
川崎市川崎区中島一―一〇―一〇
上告人 中島弘子
横浜市瀬谷区東野九五―一三
上告人 藤島暎弘
神奈川県三浦市晴海町六―一〇
上告人 宮川勝
横浜市旭区四季美台七七―一五
上告人 山岡英昭
神奈川県相模原市大野台一―二四―一五
上告人 渡部三郎
横浜市戸塚区汲沢町四九〇番地の一 汲沢西団地三一〇七
上告人 川崎宏
同 西区浅間町五―三八六―七―六〇一
上告人 吉野弘一
同 西区東久保町四―八
上告人 小柴涙子
同 保土ケ谷区上菅田町一六一
上告人 福田幸江
同 金沢区能見台三―五一―一 ふれあいの街D―七〇一
上告人 水野雅信
同 瀬谷区橋戸二―二三―一―四〇一
上告人 市川源次郎
同 港南区丸山台三丁目四三番一八号 パレスT・S・KⅡ二〇一
上告人 佐野弘子
同 瀬谷区瀬谷三―一六―二三
上告人 高橋勝也
同 南区大岡四―一五B―五〇二
上告人 立川良子
同 磯子区坂下町一一番三三の二〇一
上告人 安部恵美子
同 港南区野庭町六二七 野庭団地三―三九四
上告人 市川康太郎
同 戸塚区南舞岡四―二四―三
上告人 滝沢実
同 戸塚区原宿町一一五一―六B四―二〇四
上告人 泉理人
同 泉区下飯田町八〇一―三
上告人 森田謙一
同 泉区上飯田町二六一九 いちょう団地三二―七一一
上告人 金原徹
神奈川県横須賀市鴨居二―四六―一七
上告人 岸健一
同 三春町五―八二―八
上告人 大須賀寛
同 湘南鷹取一―二五―一二
上告人 古沢文男
同 長沢一四八〇番地
上告人 井坂勝哉
同 舟倉町六三二番地
上告人 片野正次
同 平作二―二一―一
上告人 佐藤淑子
神奈川県横須賀市衣笠栄町一丁目五五番地
上告人 住吉志津
同 所
上告人 斉藤冨美子
同 所
上告人 小林政子
右四二名訴訟代理人弁護士
大川隆司
武下人志
岡村共栄
鈴木裕文
神奈川県座間市緑ケ丘一丁目一番一号
被上告人 座間市長
星野勝司
被訴訟代理人弁護士
石津廣司
横浜市神奈川区宝町二番地
被上告人 日産自動車株式会社
右代表者代表取締役
辻義文
同 神奈川区広台太田町三番八号
被上告人 神奈川県神奈川県税事務所長
山崎幟
神奈川県横須賀市日の出町二丁目九番地一九号
被上告人 神奈川県横須賀県税事務所長
井奥弘輝
右両名指定代理人 深井剛良
愛知県豊田市トヨタ町一番地
被上告人 トヨタ自動車株式会社
右代表者代表取締役
磯村厳
右訴訟代理人弁護士
今中幸男
横浜市神奈川区広台太田町三番八号
被上告人 横浜市神奈川区長
石井和男
同 金沢区泥亀二丁目九番一号
被上告人 横浜市金沢区長
木下勝裕
神奈川県横須賀市小川町一一番地
被上告人 横須賀市長
沢田秀男
(平成八年(行ツ)第一六五号 上告人 齊藤秩 外四一名)
上告代理人大川隆司、同武下人志、同岡村共栄、同鈴木裕文の上告理由
第一、日米租税条約と経済的二重課税の回避
一、原審判決及び控訴審判決は「国際取引において、一方当事国が移転価格税制を適用して課税すれば、それに伴って他方当事国の関連者に多くの場合、経済的二重課税の問題を必然的に生ずるのに、他方当事国に対応的措置を義務付けた規定はない。したがって、一方当事国が移転価格税制による課税をした場合に、他方当事国がその関連者に対して対応的措置を採らなかったからといって、直ちに条約違反となるものでないことは明らかである」と判示した。
二、OECDモデル条約に対比して日米租税条約一一条が移転価格課税を承認する条項のみを規定し、対応的調整について敢えて規定していないことからして右の解釈は当然であり、文理にかなったものである。
三、しかし、問題は何故に敢えて対応的調整義務を条約上の義務として規定しなかったかである。この点については既に原審及び控訴審において上告人(原告・控訴人)が主張したとおり、我が国においては当時移転価格税制が採用されておらず、相手国の移転価格課税に対して対応的調整を行う義務のみを認めることは、条約の相互主義の立場からして、採用できないとしたものである。このことに関しては、異論のないところである。
四、従って、対応的調整については条約上双方の当事国の国内法に委ねるという趣旨であり、互いに関知しないということである。
このことは、国際的な共通認識であった。たとえば自らの国内法で移転価格税制を規定する米国が締結した租税条約においても、移転価格課税に伴う対応的調整を条約上明文で義務付けたものと、対応的調整を義務づけないものとがあり、両者の取り扱いを異にしていることは、上告人において原審等で主張したところである。
対応的調整について国内法に定めがない以上対応的調整は行い得ないのである。ちなみに日産・トヨタと同時に米国子会社が移転価格課税の適用によって仮更正処分を受けたホンダ自動車の場合は米国に裁判所においてこれを争い、和解手続によって更正額を圧縮し、問題を解決したと報道されている。本件訴訟提起後国税庁の対応は「急に慎重姿勢に転じた。調査を受けて報告や相談にくる企業にも、まず何よりも現地で徹底して戦え、と指示するようになった。担当官の口からは、一民間企業のために軽々しく動き出すわけにはいかない、といった言葉もしばしば聞かれた」(文芸春秋九二年五月号塩田潮「ただ今拡大中日米税金ウォーズ」)とされるように、国税庁も本件ケースの取り扱いを反省しているのである。
五、しかし、控訴審判決は「しかし、日米租税条約が、国際間の二重課税の回避を主たる目的として締結されたことを考えると、価格移転税制(移転価格税制?)の規定を設けながら、その適用によって他方当事国の関連者に生ずる国際的、経済的二重価格(二重課税?)の問題について、これを放置していたと解するのは常識的でなく、対応的措置については二五条の協議に委ね、合意が可能な限りにおいて、経済的二重課税の回避を図ろうとしているものと解するのが相当である」と判示し、対応的調整は二五条の当事国の協議に委ねるものと解している。
六、この解釈は租税法律主義に反するものである。
けだし、そもそも対応的調整というのは、経済的には関連性を有するが法律上は全く別個の法人格を有する二つの法人(本件では親会社と子会社)について、一方の法人に課税されたことを理由に他方の法人の課税を免除(減額更正)しようとするものであり、両法人が同一法人であれば(たとえば本店と海外支店)二重課税の問題は生ずるが、別個の法人である以上、元来法律上の二重課税は全く問題になりえないのであって(だからこそ「経済的」二重課税というのである)、それを敢えて対応的調整については二五条の相互協議によるべきであると解するとすれば、日米政府当局に租税債権債務を新たに創設する立法的権限を与えることになりかねない。
七、本件の場合実際に日米政府当局の協議が行われ合意に達したのであるが、その協議内容については、全く公表されておらず、いわゆるブラックボックスになっている。対応的調整を行うための協議であるから、まず、米国であ両子会社になされた課税の適否が検討されなければならない。その場合移転価格課税の根拠として、親子会社間の取引価格が、独立した当事者間において取り引きされた場合に比してどうなのかが問題になる。この「独立当事者間価格」の算定方法は米国の移転価格税制においては四種類の方法が法定されている。我が国における現在の移転価格税制においても四種類の方法が定められているが、それも米国の算定方法とは異なる。本件の場合日米政府当局の協議が開始された時点では、いまだ日本においては移転価格税制が施行されていなかったのであるから、その基準も存在せず、日本の国税庁は何をもって「独立当事者間価格」と認定したのであろうか。
八、新聞等の報道によれば、米国日産、米国トヨタに対して米国内国歳入庁が仮更正処分を行ったのは一九八五年(昭和六〇年)三月であったという。
米国日産に対しては一九七五年から一九八一年まで七年間で一〇億ドルの申告がなかったとし、又、米国トヨタについても一九七七年から一九八二年までの六年間で八億五〇〇〇万ドルの申告がなかったということで更正処分が行われた。追徴税額は両社で合計九億ドル強(当時の換算レートで約二五〇〇億円)であったという(日本経済新聞一九八七年一一月二七日)。
日産、トヨタは一九八六年一月に国税庁に、日米租税条約二五条の相互協議を申し立て、日米間の相互協議は一九八七年六月、合意に達した。
合意では米国日産においては五億五〇〇〇万ドル、トヨタにおいては二億七〇〇〇万ドルの増差所得が米国によって課税されることなったという(新聞報道)。即ち相互協議の結果日産・米国日産の間の商品取引は、独立当事者間価格よりも五億五〇〇〇万ドル分だけ高く価格設定され、五億五〇〇〇万ドル分の利益を子会社から親会社に移転したという事実認定をしたうえで米国においては子会社を増額更正をし、日本においては親会社に対して法人税の減額更正をすることになったのである。
九、ここで問題なのは日米間の相互協議は、その内容が全く公表されないこと、従って、主権者である国民が、どのように協議されたのかを知る機会が与えられていないということ、また、協議において米国には移転価格税制があり、独立当事者間価格の算定方法が明定されているが、日本においては、その基準さえ定められていなかったことである。日米間の相互協議はレーガン政権の税収奪攻勢に対して日米税金摩擦を解決するための「政治決着」であると批評されたが、まさに、そのような批判が出ても不思議ではないほど、その経過については、不透明である。
さらに相互協議によって合意が成立しなかった場合はどうなるのか。この場合には対応的調整はなしえないことになる。まさに対応的調整による法人税の還付の成否如何は「政府の合意のための努力次第」となる。対応的調整による法人税の減額更正はまさに既に成立した租税債権債務を事後的に否定するものであるから、消極的な課税要件である。このような課税要件について、納税者に有利な方向であるとしても、政府の意思と行為に関わらしむような解釈は、租税法律主義とは到底なじむものではないことは明らかである。
一〇、もっとも控訴審判決はOECDの昭和五九年報告書を引用し、経済的二重課税も「租税条約の精神に反するものであることから、モデル条約二五条第一項及び第二項の相互協議の対象となりうる」という記述を前期解釈の根拠にしている。しかし、OECDが移転価格税制を推進し、この立場から「経済的二重課税」を回避しようとすることと、国内法体系が全く異なる我が国において条約の「精神に反する」ことを理由に、相互協議を行い、その合意をもって、法人税の減額更正の理由とすることとは全く別個の問題である。法人税の減額更正のための要件は、あくまでも課税要件であるから、明文の根拠を持たなければならないことは、前述のとおりである。百歩譲って条約の「精神に反する」ことを理由に、条約二五条の相互協議の対象とすることが仮に認められるとしても、当該相互協議の内容は、移転価格課税の根拠となる独立当事者間価格の算定のための資料の提供とか、親会社の資料の提供等手続上の便宜を供与しあうことにとどめるべきであり、対応的調整の合意までは、租税法律主義の立場からなし得ないと解すべきである。
一一、上告人としては、このような「経済的二重課税」を回避するために、国内法も制定していない段階で、条約二五条の両政府間の相互協議に委ねることは、租税法律主義に明確に反すると解するものである。
一二、よって、本件移転価格課税に対する対応的調整を条約二五条の相互協議によって行い、もって両社の法人税を減額することを容認した原審及び控訴審判決は、憲法三〇条及び八四条に反するので取り消さなければならない。
第二、憲法違反の米国本位・多国籍企業本位の決着
一、二一世紀を直前にして、我が国の経済の国際化は、著しいものがある。我が国のGNPは世界経済の一割、株式・資本等金融の分野については約三割を占めるまでに至り、貿易面においては全世界貿易量の一割強を占め、外貨準備高も一〇〇〇億ドルに達し、世界最大となっている。年間の海外旅行者は一〇〇〇万人に達している。日常物資も、食料品から衣類、レジャーに至るまで海外製品があふれているし、情報面でもインターネット等グローバルな情報化が進展している。まさにボーダーレス・エコノミーと言われる時代に突入した感がある。
二、経済の国際化の中心的担い手が多国籍企業であることはいまさら言うまでもないところであるが、一九八〇年以後、我が国の自動車、電機等の産業における対外進出は、熾烈を極め、国際関係の緊張を作り出している。集中豪雨的な輸出による海外シェアの獲得、工場の海外移転による我が国の産業の空洞化と「日本型経営」の国際標準化など二一世紀を直前にして、国際経済は激動している現状である。
三、このような経済の国際化は、国家主権、なかでもその典型である税の面にも大きな影響を及ぼしつつある。国の主権そのものである課税権はいずれの国も他国から干渉を受けることなく、自由に自国の租税に関する法令について決定する権限を有している。しかし、経済活動の国際化によって、相互の課税権が衝突する場面が増え、その調整が問題となる。租税条約は二重課税回避を目的とするものであるが、これについても経済の著しい国税化に伴い見直しが必要になっていると言われている。
四、課税主権の相互調整を行う場合重要なことは、それぞれの国の国家的利害を優先するのではなしに、対等平等な国家主権の相互の尊重が求められているということである。また、多国籍企業中心の国際化が進展するなかで多国籍企業本位の相互調整ではなく、各国主権の担い手であるそれぞれの国民の意思を反映した、相互の国民の公共の福祉を前進する立場で行わなければならない。
五、本件の原審や控訴審の判決が、そのような立場にたっているか否かを冷静に見極めることが、今後の国際化と課税主権を考える上で極めて重要である。その意味で以下に日産トヨタに対する移転価格課税とその対応的調整をめぐる日米間の経済的背景を見ておく必要がある。
六、今日の日米経済関係は米国における世界最大の貿易赤字と対外債権超過と、日本における世界最大の貿易黒字と対外債権超過の対比によって特徴付けられる。米国は、かねてから貿易収支における日本の黒字、米国の赤字という側面を強調し、日本が市場を閉鎖していると非難してきた。しかし、現在の国際経済は、従来からの商品貿易と多国籍企業の海外投資による経済支配とが同時に進行しているのであって、商品貿易を中心とした対米輸出面において日本が大幅な黒字を出しても、海外直接投資を中心とする多国籍企業化の側面では、米国は日本より数段すすんでおり、総体的にみれば、米国が日本市場に深く進出していることになり、日本市場の閉鎖性は問題にはならないはずである。しかし、米国は「黒字国責任論」の立場から一九八五年九月の五カ国蔵相会議を契機に日本政府に対し、人為的・政策的な円高誘導政策を要求し、日本もいわゆる「前川リポート」によって、経済構造の調整政策を展開し、これに応じてきた。人為的な円高政策のもので円は高騰し、国内産業、中小企業や農業は破壊的な影響を受け、しかも、米軍住宅建設等のいわゆる「思いやり」予算の増額や政府開発援助の米国の肩代わり等がなされるに至っている。
また、日米経済摩擦は、繊維に始まり鉄鋼、自動車、半導体などに及び、日本側は次々に自主規制に追い込まれてきた。八〇年代に入ると円高傾向を踏まえて日本の自動車産業は一斉に海外生産を進め、日本の対外投資の最重要部分の一つになった。
一方、米国は一九八六年九月、レーガン政権のもとで「一九一三年に連邦所得税制が導入されて以来、もっとも画期的で且つ包括的な改正」といわれる「レーガン税制改革」を断行した。いわゆる移転価格税制を定めた内国歳入法四二八条もスーパーロイヤルティ条項を導入するなど微税の強化を行った。資本進出によって米国経済は空洞化しつつあるがそれと同時に対米進出する日本企業等に対する税収の増大を図るねらいがあったのである。
以上の流れのなかで米国関税局は七五年九月に日本とヨーロッパの自動車会社二八社をダンピングの容疑で調査し、告発した。日本の自動車三社(日産・トヨタ・ホンダ)は、ダンピングの疑いなしとされたが、七八年になると日本の自動車会社三社に対して内国歳入法四二八条(移転価格税制)に基づく調査を開始した。ダンピングは安すぎるということであり、移転価格の場合は、子会社への売値が高すぎるという、相矛盾する攻撃であった。この移転価格課税が本件で争われているのである。
七、日産・トヨタに対する移転価格課税の結果、相互協議が行われ、その結果、米国が三億八〇〇〇万ドルの税収を増やし、日本が国税で約八〇〇億円、地方税で四〇〇億円を還付により失った。その協議の内容は沖らかにされていないが、新聞報道によれば、日本の日産と米国日産の利益配分の割合を六〇パーセント対四〇パーセントで合意したと言われている。即ち日本で完成して米国子会社に販売のために卸した新車の四〇パーセントが米国の課税対象となる利益だと認定されたというのである。これではあまりにも米国本位の解決であると批判されたのは言うまでもないことである。
また、当の日産・トヨタは、米国で増額更正され、日本で法人税・地方税を還付されたが、円高傾向のもので国税だけでも二一六億円の円高差益を上げているのである。そればかりか、米国で法人税が追徴されても、地方税は連動してとられることはないにも関わらず、日本においては地方税の四〇〇億円の還付がなされたのである。日産・トヨタにとっても笑いの止まらない解決であった。
八、結局本件移転価格課税によって、米国が税収を上げ、日本の多国籍企業ば儲け、その犠牲を日本国民が背負ったというのが、経済的な収支決算なのである。このように本件移転価格課税は、米国本位、多国籍企業本位の解決が図られたのである。
右のような不合理な結果を招来した原因はなにか。経済的政治的要因を捨象するとして、法律的にはつぎのことが言えるのである。
九、第一は、我が国の課税主権の放棄である。
先に見たように日米租税条約二五条に基づく協議は、日本側においては当時移転価格税制が存せず、従って、なにが独立当事者間価格であるか、判定の根拠もないまま、協議をせざるを得なかった。日本側当局においては我が国の課税主権(移転価格の課税基準)を積極的に主張し、対等平等の立場で協議するのではなく、米国の移転価格税制を受認し、日本としてはひたすら対応的調整としての法人税の還付をすることのみが、協議の対象となっているという、片務的な協議である。
しかも協議の内容は、全く外部に知らせられず、ブラックボックスのなかで行われた。相互協議は、米国の課税主権と日本の課税主権の調整なのであるから、主権者の知りうるところで行わなければ、その公平性を検証することはできない。その意味でも日本の課税主権を放棄したものと断ぜざるを得ないのである。
このような日本の課税主権を放棄した日米相互協議を容認し、この合意をもって法人税の減額を認めた原審判決及び控訴審判決は、憲法前文の国民主権、同八三条に違反するこのである。
第二に、日米租税条約二五条に基づく合意は、租税条約実施特例法八条の自治大臣との協議を経ておらず、しかも関係地方自治体の意見聴取の手続もとられていないので同法に違反するものであって、地方税還付の根拠とはなし得ないのである。
この点については原審でも論じたところであるが、日米租税条約は、双方当事国の所得税の二重課税を問題にしている以上、地方税は協議の対象になりえないことは条文の構造上、当然のことである。被上告人は、このことを理由に自治大臣との協議や自治体の意見聴取は必要でないとの見解を示しているが、それならば、地方税を対象とする相互協議なるものが、果たして存在するのであろうか。租税条約実施特例法八条は、合意した内容を国内法に基づき適用するための条件として、かかる手続が規定されていると解すべきである。従ってかかる手続を経ない合意も日米間では、無効になることはないのであって、効力がなくなるのは、関連国内法を踏まえてそれを実施するための要件を充足していないということで、国内法の適用が無効になるというのである。
本件移転価格課税による対応的調整に連動する地方税の還付額は約四〇〇億円に達し、地方自治体においては深刻な財源難を強いられる結果となった。本件地方税の還付は条約実施特例法第八条に違反するだけでなく、自治体の課税権を侵害するものである。かかる結果を容認する原審及び控訴審判決は、法令違背、憲法九二条・同九四条に違反するものである。
第三、結論
原審判決は、以上に述べたとおり、憲法の各条項に違反し、法令に違反するものであるから、取り消されなければ、著しく正義に違反するものである。
以上